高校受験の時の話です。中学生の頃、幼いながら強く印象に残っているシーンがあります。それが、先生たちの「絶対に受かるところしか受験させない」という考え方でした。
僕の中学は300人くらいいて、学力調査のテストでA判定が出ないと、先生が受験自体をさせてくれませんでした。今考えるとおかしいと思うんですが、当時は当たり前だと思っていたんですよね。
僕は静岡県富士市の出身です。地元で一番偉い高校は偏差値68の富士高校、次に偏差値59の富士東高校がありました。僕が幼馴染から聞いていた偏差値は53くらい。当時の実力なら、富士東を受けても十分ラインに乗っていたんです。実際にその頃、全然勉強していなかったのに、それでも53くらいはあったので。
だけど進路相談で「富士東に行きたいです」と言ったら、先生からやめろというニュアンスで返されました。じゃあ富士宮北でいいですと言っても、普通科まで「それもダメ」と言われる。最終的に行かされたのが、興味もなかった商業科です。家から10キロもあって、遠すぎて途中でバイクで通っていました。
今なら理由が分かります。53の学力で48の高校を受ければ、大体受かるからです。実際に僕はそこの入試で学校内3位くらいの成績でした。でも、これって本当に教育としておかしいと思うんですよ。進路相談をしたのは受験の4〜5ヶ月前で、本気で勉強すれば富士東に届く可能性は十分にあったのに、先生はそのリスクを取らせてくれなかった。
先生が本当に怖かったのは、僕が失敗して落ち込むことだったんだと思います。同級生で第一志望に落ちて私立に流れるようなケースを、先生も何度も見てきたはずです。だからこそ、確実に受かる場所に進路を誘導した。でもそれって、合格するという可能性そのものを最初から諦めさせているということでもあるんですよね。結局、失敗を恐れているマインドを、先生自身が持っていたんだと思います。
「一流の育て方」という本を読んだ時、まさにこういうことが書いてありました。失敗を回避させる教育を受けていると、頑張れない子供ができてしまう。確かにな、と思いました。俺行きたいと言っても「ダメ」と言われて、うまく誘導されて興味もない商業高校に行かされた。今でもクソな義務教育だったなと思っています。
これって、今の「起業したいけど仕事をやめられない」「うまくいかなかったらどうしよう」という感覚とマジで似ていると思うんですよね。本気を出せば偏差値が上がりそうな場面でも、確実な安定を選んでしまう。僕はあの受験の経験があったからこそ、大人になってからは失敗してもいいから挑戦する方を選ぶようになりました。もし自分に子供が生まれたら、失敗してもいいということを教えてあげたいと思っています。中学から高校に上がる受験で失敗したって、高校にはどこかしら入れるんですから。
記事内Q&A
Q. 偏差値53だったのに商業高校に行かされたのはなぜですか?
A. 先生的には確実に受かるラインを選んだからです。53の学力で48の高校なら大体受かる。挑戦させて失敗するリスクより、確実に合格させる方を優先されたんだと思います。
Q. 失敗を恐れる教育を受けるとどうなりますか?
A. 「一流の育て方」という本にも書いてありましたが、頑張れない子供ができてしまいます。挑戦する前から確実な道に誘導されると、自分で可能性を試す経験自体が奪われるからです。
Q. 起業や転職をためらう気持ちは受験の進路選択と似ていますか?
A. すごく似ていると思います。本気を出せば手が届きそうな場面で、確実な安定を選んでしまう。中学の時の受験と、今の「うまくいかなかったらどうしよう」という感覚は根っこが同じです。
この記事のもとになった動画はこちらです。
[一流の育て方 失敗を恐れる考え方【パチスロ】【スロット】](https://www.youtube.com/watch?v=L4fhiJH66xc)